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イナリ・クルン
このたび、Pictorギャラリーではフィンランドを代表するグラフィック・ア
ーティストの一人であるアニタ・イェンセンを迎えることになりました。
アニタ・イェンセンはフィンランド美術大学(1981年−86年)および芸術産業
大学で学び(1994年−2000年)、イタリア、フランス、インド、タイ、韓国、
ミャンマー、日本、米国など、世界各地で制作にあたってきています。 国内外
で作品展を活発に開催、個人展は 1987年から、共同展は1983年から行っていま
す。
また、主要な国際版画ビエンナーレおよびトリエンナーレ(ポーランド、フラ
ンス、スペイン、ユーゴスラビア、日本、スウェーデン、エストニアなど)に参
加しており、いくつもの国際的な版画展でフィンランドを代表しています。
アニタ・イェンセンの作品はフィンランドの重要な美術コレクション、および
美術館の収蔵作品に納められているほか、さらに国内外のコンクールでの受賞も
多く、1998年にはタリン国際版画トリエンナーレで優勝なさいました。
アニタ・イェンセンは一言で言うと「大きなスケール」のアーティストです。
初期の作品では、大きな絵画を思わせるアクアチントを用いていましたが、これ
は文字通りその大きさや表現主義的作風において、版画の主流とは一線を引いた
ものでした。また、彼女の作品では色も常に重要な位置を占めています。
90年代に入ると、写真を素材に用いたグラフィックを制作するようになり、全
く新しい、ユニークな作品世界を展開するようになりました。さらに東洋文化の
伝統に触れることでその作品世界を深めていきます。
彼女の作品では、世界中の蚤の市などで見つけた古い写真などと、「自分ちの
庭の」自然を素材に自身で撮った写真が独特の形で組み合わされ、そこに驚くべ
き緊張感をもった全体像が創りだされます。それは見る者の心に、言葉で言い表
すことのできない連想を喚び起こしてくれるものです。
暗い色彩を背景にして、自然界に存在する形が立体的に浮かび上がる。象徴的
・抽象的であると同時に奇妙に有機的で、本来あるべき環境から切り離されて、
もともとの植物やキノコとは違った何かに変貌を遂げるのです。古い写真と組み
合わされて、シュルレアリスムの世界、夢と無意識の世界へと近づき、作品を見
る者の無意識が目覚めていくかのような気にさせられることでしょう。イェンセ
ンは「名付け、分類、規律、価値評価を通して、物事や生きたものを自己のもの
として支配したいという欲望」により作品が生まれると言っておられます。
イェンセンは素材となる資料を丁重に扱っており、写真についてはどこで誰の
手によって撮られたものか、きちんと記録してあります。「引用」は長く芸術制
作の手法として用いられてきました。芸術の長い連環においては、すべてが共有
される。例えば、中世やルネサンスにおいて芸術家は、 共通の視覚素材から各
々の個性に合った独特のものを創りだしていたのです。
先にイェンセンと東洋文化との関係について触れましたたが、特に日本の芸術
と文化が彼女にとって近しいものとなって久しくなります。横に長いコラージ
ュ作品には、日本の巻き紙の伝統が影響を見いだすことができるかもしれませ
ん。例えば『 Ungdomens egen uppslagsbok 1 (若き日の事典第1巻)』において
は、文章と画像が交互に現れ、独特の立体感を醸し出していますが、この作品で
使われているテキストは彼女の父親が使っていた百科事典から取られており、い
わばこの作品はアーティストの個人史にもなっているのです。このように、芸術
制作の過程で、個人の経験が文化に関連づけられ、一つの全体性を構成するので
す。
ここにある作品群では 強い光のコントラストによって劇場的な要素が暗示さ
れているのがお分かりでしょう。見る者の前で、暗い部分が開き、その後ろにあ
る別の物語があらわになります。隠し、見せ、そして新しい面を開いてくれる。
それまで見えていなかった面に気づかせてくれるのです。作品の中では、美しさ
と、少々恐怖心を抱かせるような雰囲気が奇妙な形で共存しています。美しさと
は怖いものであり、それが見る者にとって面白いのです。美しさの裏にはいった
い何が潜んでいるのでしょうか。
グラフィックアートでは光が重要な位置を占めますが、それはレンブラントや
ゴヤといった17世紀の巨匠の作品の中にも既に見ることができます。イェンセン
の作品においても光は具象化して存在しています。黒を背景に燃えるかのように
赤が光るのです。
イェンセンの作品はものごとを新しい光のもとで見せてくれるに違いありませ
ん。優れた芸術はものごとの深奥を現し、日常を超えた世界へと見る者を導いて
くれることでしょう。
(2008年10月、ヘルシンキ、 Pictor ギャラリーにおける個人展 Dreams of Order のオ
ープニングスピーチより。 訳 : 植村友香子 )
)
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