時空を彷徨う視線

Byadmin

時空を彷徨う視線

時空を彷徨う視線

作品について
作品制��にふけりだすと 、周りの世界は不思議に消えてしまいます。目標を持たずに手元の資料と物を観察するのは、私の作品創りの始まりです。外国の旅も同様なやり方です。知らない街を当ても無く彷徨うのは一番のインスピレーションにつながります。期待と予想がないと思わぬ発見と出会えます。自由なイメージ遊びは刺激になって新鮮なアイデアが生まれます。イメージ遊びとさらに、私にはもう一つの根深いくせがあります。それは変わった物を収集する習慣です。様々な物体をゆっくり見ると生命の謎は瞬間的に解ける気がします。

「蝶々夫人」 
2012年の秋に私は日本を訪ねて京都四条南座で上演された、プッチーニの「蝶々夫人」に基づく改作劇「ふるあめりかに袖はぬらさじ(1972年バーション)」を見に行きました。劇の宣伝ポスターに女方坂東玉三郎5代が載っていました。 彼の魅力的な姿は私に強い印象をあたえて、「蝶々夫人」作品シリーズのきっかけになりました。ジャコモ・プッチーニのオペラ「蝶々夫人」は1904年に作曲されましたが、その背景にフランス人作家ピエール・ロティ(Pierre Loti)の小説「お菊さん」があります。ロティの小説の中、ある男性は日本人の若い女の美しさを褒め称える同時に「少女期が終わった女は醜」と酷評します。私の作品の中、中高年の男性は女性に変装して登場します。彼女の目は拡大レンスの下から通って見えるので、彼女の目線の向きは曖昧です。この作品で両性による世界の見方と美感覚は伝わっていたら嬉しく思います。

「真珠層アルバム」
旅で集めた土産物はこの作品シリーズのきっかけとなりました。 100年ほど前にフィンランドの川で誰かに拾われた古い貝殻に、 20世紀初めに撮影された日本人家族の写真と写真箱は組み合わせています。 特有な成分と環境がないと光沢のある真珠層が発育できません。そして真珠まで生成するには貝の体内に侵入する砂粒が必須です。 痛みを与えながら砂は美しい物に生まれ変わります。 「人生」というものは、あの貝殻のようなものだと思います。その中に愛情も痛みも働き様々な「美しさの結晶」を生み出します。

「PUNCTUM ・人生物語」
京都の骨董市で買って帰った家族写真のアルバムは、「過去」の固まりそのものです。その遠い昔に撮影された写真に、私は現代の物事を合わせて作品を構成しました。過去現在のコントラストによって、全く新しい物語が生まれます。時間の概念で遊ぶ上に、私の作品には東洋と西洋の美学と美術史もよくミックスしています。例えば、セルゲイ・アイセンスタインの「モンタージュ」と日本の「見立」。写真の歴史の中、ロランド・バールテが創造した概念「プンクトゥム」は私に特に親しいです。プンクトゥムは、写真に偶然に入ってしまった意外な細部のことです。それは小さい穴と染み、あるいは表面についたカズリ傷です。綺麗な写真に欠陥があることと写真を見る人の気持ちをかき混ぜます。私はモンタージュとプンクトゥムの方法を作品に取り入れて、人々の感性を動かしたいと思います。

「人生の絵巻・時と場の間 」
私の巻物形式の作品の要素は日本で購入した古い写真とフィンランドの自然物です。写真に写っている歴史の一時に余国の物を合わせると面白くて新鮮な物語が生まれます。日本の伝統的な絵巻物と違って私の巻物は両手で広げられない大きいものです。画廊で天井から床までつるす展示方法もあり、大きいテーブルの上に置いておく見せ方もあります。絵巻物を鑑賞することは、大自然を散歩することに似ていると思います。散歩の時目は風景のいろんな所をぶらついて、自由に動いています。絵巻物の画面は風景と同じような効果があります。大きくて長い作品を一目で見るのは無理です。ストーリー性のある巻物は、昔の映画フィルムをも思い浮かばせます。

————–

2017年、私はフィンランドのバーサ市にある現代美術館クントシで展覧会を開きました。バーサは有名な美術品収集家、ヘルマン・フリーティオフ・アンテル(Herman Frithiof Antell 1847-1893)の生まれ故郷です。アンテルは眼科医をやりながら日本を含めて世界を広く旅し、 パリにも長く住んでいました。三十八歳頃
に医者の仕事をやめて、 美術品と貨幣の収集に専念しました 。フィンランドの美術界にとって、アンテルは最重要な人物です。彼がフィンランド政府に寄付した貨幣と美術のコレクションは、フィンランド国立美術館と国立博物館の主な基礎となりました。

私のバーサの展覧会は、奇妙に眼科医アンテルの話に絡まってしまいました。搬入の際、私の右目の網膜は突然ほぼ完全に剥離しました。緊急手術によって視力は助かったが、目の回復はゆっくりで、約9ヶ月間もかかりました。収集家としてのアンテルも私に精神的に近いだと感じています。私はアンテルと同じように日本美術と日本文化に強い愛着を持っています。 その愛着は私を導いて、作品制作に力を注ぎ込みます。

アニタ・イエンセン
ヘルシンキにて
2018年2月